出会い・感動インタビュー
当たり前だと思わないから、 「ありがとう」っていえるんです。-中村 政嗣さん
第5回目のお客様は“お好み焼きをディナーに変えた男”と称される、「千房」の生みの親中井政嗣さん。「できるやんか!」という強烈な信念を源泉に、人材育成のカリスマとしても活躍される中井さんの言葉は、何の迷いもないストレートなものでした。本質を見極めるその目は、15歳の丁稚奉公で培われたもの。独自の考え方から人をやる気にさせるコツまで、関西弁を交えながらのお話をたっぷりうかがってきました。
中村 政嗣さん/千房株式会社 代表取締役
1945年奈良県生まれ。千房株式会社代表取締役。中学校卒業後は乾物屋に丁稚奉公で働く。1973年、大阪にお好み焼専門店「千房」を開店し、現在はハワイを含めて全国でチェーン展開を行う。青少年の教育にも注力するなど独自の人材育成術が注目を集め、企業などへの講演を数多くこなす。主な著書に『無印人間でも社長になれた』(ぱるす出版)、『できるやんか!』(潮出版)がある。
―千房を支える「できるやんか!」。
僕が一番大事にしている言葉は「できるやんか」。この意味には2つあって、まず第一に「がんばれ、きっとできるぞ」という励まし。そしてもうひとつは「できたやんか、すごいな」というねぎらいです。人間が伸びていくには、その2つの要素が絶対に必要なんですよ。できる前には励まし、できた後にはねぎらう。その組み合わせで、どんな人だって必ず成長していける。千房で起きていることが、その証明にもなっているんじゃない でしょうか。
うちの会社は、やる気がある人間なら分け隔てなく、誰でも積極的に採用してきました。よく問題児の受け皿なんて言い方もされます。確かに、いわゆる問題児でも社会のなかで生きるための職場を提供してきました。昨年の12月と今年の2月には、美祢社会復帰促進センター(PFI刑務所)から2人採用しました。募集から面接まで刑務所内で実施したのは、おそらく世界で初めてじゃないかな。それ以前にも、非行に走った経験のある少年少女たちをすいぶん迎え入れてきましたし、出所後の人間をそうとは知らずに採用したこともありました。周りからは「なんでそんなことができるの?」といわれるんですが、私には何がすごいのかよく分からない。少しも特別なことだとは思わないんです。
人を見るときに僕が決めているのは、過去は一切問わないということ。現在と未来は大いに問いますよ。「どうや、ついてこれるか」、「この先、どうなりたいんや」っていう感じでね。誰にでも過去があり、いろんなことがある。でも、大事なのは今とこれから。今の自分に何ができるかが本質であり、それが人間の価値だといつも思うんです。
刑務所で行った面接は、マンツーマンで話をしました。最初、お互いのイスが3メートルぐらい離れてセットされていたんですが、それをぐっと近づけて相手の息づかいがハッキリと感じられるようにしてから、面接を始めました。そんな風にして話を聞いているうちに、段々、情が移っていくんですね。本気で話しているうちに、最後にはお互いが泣いている。結果として採用できなかった人へも、相談には乗ってあげたいと思うから、千房にはいつでも顔を出しなさい、と声をかけました。
先日、そのセンターで面接したうちのひとりから、電話をもらいました。採用は見送りだったのですが、ずっと気になっていたんです。「いつ出てきたん?もっと早く連絡してくれたらよかったのに」と言ったら、「余計なご心配をかけないように、連絡するのは就職が決まってからにしようと決めてたんです」。すごくドラマチックだと思いませんか。こういう感動がうれしい。
今、うちで働いている仮出所の2人も元気にやっている。店長からの評価も高い。僕はそれに対して、まじめに働いてくれてありがとう、という気持ちです。向こうも、チャンスをくれてありがとうと思っている。お互いの間に感謝と感激があるから、通常の採用では味わえないような感情が生まれる。
―丁稚奉公で生まれた独特の感覚。
僕自身、なんでそんなことをしているんだろう、と考えると15歳のときの体験が思い浮かびます。中学校を卒業してから、乾物屋に丁稚奉公に出て働いていたんです。親兄弟から離れて、知らない土地でひたすら商人修行の日々。仕事はしんどいし、毎日のようにつらい気持ちになっていました。
仕事はさまざまありましたが、なかでも思い出すのは、商品にするためのじゃこを選ぶ作業。何万回もやりましたから。目の粗いざるを振って、ふるいにかけるんです。落ちてくる小さいものは鳥の餌や肥料になり、ざるに残ったものが商品として売り出されます。ある日、いつものようにざるをひっくりかえすと、網の目に小さな小さなじゃこがいくつかひっかかっていた。もう一回ふるいにかけたら確実に落ちるようなやつです。でも、ギリギリで落ちなかった。そんなじゃこたちに感動を覚えたんです。「よう落ちなかったな、えらいヤツや」と思いながら、僕はそのじゃこを、売り物の山の方に加えてやりました。
それからは、今まで何気なく見ていた網の目が気になるようになったんです。そのとき、15歳の僕は経営者の気持ちになっていたんでしょうね。この手でじゃこの運命を握っているという感覚が現在、自分は従業員の人生を預かっているんだという自覚の原体験になっています。そんな気持ちが、落ちこぼれといわれる若者たちの積極採用へと駆り立てるのかもしれません。
このような縁もあって、時おり女子刑務所や少年院での講演を引き受けるのですが、みんな姿勢良く話を聞いてくれます。受刑者の採用についてお客さんの評判はどうですか、と聞いてくる子もいる。そこで「評判はいいよ。過去は関係ないから、これからがんばろう」と声をかけると、みんな希望を持ち、やる気のある表情になる。最後には歌のプレゼントをされて、僕の方こそ、心からありがとうと思える。こうやってお互い にありがとうと感じることが、どれだけお互いの夢や希望につながるか。計り知れない力を感じます。