出会い・感動インタビュー
―最初の教室は1対1
料理教室を始める前、そもそも僕は陶器のお皿を売る商売をしてました。「器が良ければどんな料理も美味しく見えますよ」というのがおきまりのセールストークだったんです。それがある日、女性のお客さんから「料理の作り方がわからない」といわれて。とまどいましたよ。男の僕からしたら、小学校で男子が工作をやっているとき、女子は家庭科で調理実習をやっているじゃないですか。だから当然女性は料理ができるものと思っていて……よくよく考えたら「男なんだから機械得意でしょ」といわれるのと同じで、できない人がいるのも当たり前なんですけどね。でも、当時の僕はお客さんのその一言にすごくびっくりしたのです。そこで、材料費の500円だけいただいて料理を教え、その後でお皿を買って貰うということを始めました。先生と生徒、1対1ですよ。作業台も会議用の長テーブルを2つ繋げてその下にガスボンベを仕込んで、ビニールのクロスを目隠しに掛けたもの。急ごしらえもいいところでしょう。途中でガスが切れて料理が煮込めていないなんてことがしょっちゅうありましたよ。でも、ハプニングが距離を縮めるという効果もあったんでしょうかね、教室自体は好評だったんです。
そのうちに「お皿はいらないから料理だけ教えて」といわれてしまって。そんな形でクッキングスタジオは始まりました。当時の一般的な料理教室というのは、 もともと料理ができる主婦がレパートリーを増やしに行くところで、初心者が行くと置いてきぼりにされてしまっていたんですよ。だから全く料理ができない人 向けにしようと思って、ご飯の炊き方から教えていたんです。「ABC」というのも「イロハ」という意味。スクールというとおこがましいから、スタジオという名前にしました。生徒さんが少しずつ増えてきて先生の数が足りなくなると、ちょっと手際の良い人に次から先生をやってくれるように頼むんです。全然できない人が生徒さんで、それをみんなでフォローして、という楽しい雰囲気を作っていきました。
そんな感じで、料理のできない女性を対象にスタートしたたんですけど、2007年からは男性も通える+Mという教室もできました。いまでも会員のほとんどは20~30代の女性ですが、その人たちのなかから「料理を習っても作ってあげる人がいないから張り合いがない」なんて声を聞いたんですよ。それなら、男 女が自然に出会える場を作ろう、と思ったのが立ち上げのきっかけ。まだ教室は5店舗ほどですし、男性会員は全体の1%もいないくらいですが、流行へのアン テナ感度がするどい、格好いい男性に来てほしいと思いますね。
さらに、いま力を入れているのが子どものための教室、abc kidsです。大人の教室と比べても、ぐっとアカデミックな内容になっています。野菜の成育過程とか調味料の原材料だとか、いわゆる“食育”を強く意識しています。子どもって、着色料の入ったすごい色のお菓子とか選んできたりするじゃないですか。あごの力があんまり要らないような、やわらかい加工食品も増 えている。僕はそれが不安なんです。
だいたい、僕たちが子どもだった頃に比べて野菜が弱々しくなっている、と感じています。品種改良とか、育て方のせいでそうなっていったんでしょうかね。昔の野菜って味が濃くて、強烈で食べられないなんてこともありましたけど、いまは確実に、野菜が持つ力が減ってしまっているような気がするんです。そんな なかで、いつか僕たちがいなくなっても、子どもたちには自分の力で、確かなものを選べるようになってほしいという思いをabc kidsには込めています。
―どんなことでも、どんどん変えていく
こんな風にどんどん教室の形態を増やしていった背景には、やはり時代の流れというものもあります。僕らの子ども時代は、台所といえば家の北側の一番寒いと ころにあって、女性たちも男性には入ってほしくないと思っていた。でもいまは女性も社会進出していて、週末くらい男性にも料理をしてほしいとか、平日も家 事は半々にしてほしいとか思っていますよね。台所がキッチンといういい方に変わり、家の間取りを見ても、それが家の中心にある。時代と共に女性が変わって キッチンのあり方も変わって、ということなんでしょう。変化や挑戦というのは失敗と隣り合わせだとよくいいますよね。実際、僕も数え切れないほどの失敗をしています。失敗 というのはその一瞬はとてもいやなんですが、後になってみると「あの失敗があったからこそ」と思えるんですよね。20年くらい経つと、失敗の経験が成功の もとになっている。経験則としてそれを知っているから、ABC Cooking Studioも変えていくこと、新たに挑戦していくことができるんだと思います。
会社のオフィスには「変えてはいけないもの、企業理念。変えていいもの、その他全部」という標語を掲げています。「世界中に笑顔のあふれる食卓を」作るための手段が、たまたま料理教室だったということですよ。たとえば他のやり方を思いつけば、事業内容にはこだわりません。必要であれば、どんなことでも率先して変えていきたいと思っています。たった1人の生徒から始めた教室も、いまでは57万人の会員がいます。教室数は112校。月に1回しか来ない人もいれば、3、4回来る人もいます。みんな自分のペースで、自分がイキイキ楽しくできるよう通っていますよ。1人の先生が一度に教えるのは通常4~5人までと、少人数制を基本としているので、生徒さんとの距離が近い。それに、いま先生をやっている大半が元生徒であったり、現在も何かの教室に通っている会員なんです。それは、うちの大きな強みだと思いますね。「お客さん」の気持ちを、社員やスタッフが実感として知っているわけですから。そうした強みを存 分に活かしながら、これからもどんどん「改善という名の変化」をしていきたいですね。